2022年5月21日

テッサロニキ空港から約1時間のフライトで、私たちはアテネ空港へ向かいました。
この日に訪れたのは、アティキ・マルコプロに位置するパパヤナコスワイナリーです。

PGIアティカは広大なアペラシオンでありながら、ギリシャ国内でも特に長いワイン造りの歴史を持つ地域です。 この土地は、ワインを学んだことがある人であれば一度は耳にしたことのある「レッチーナ」を生んだ場所でもあります。
レッチーナは、古代ギリシャ時代から続くギリシャ特有のワインです。
その起源にはいくつかの説があります。 当時、ワインはアンフォラと呼ばれる容器に入れられ、船で輸送されていました。 船の床には穴が開いており、そこにアンフォラを差し込むことで動かないように固定していたといわれています。
その際、蓋を閉じるための「のり」として使われていたのが松脂でした。 この松脂が少しずつワインに溶け出したことで、レッチーナが生まれたという説があります。
また一方で、劣化したワインの異臭を隠すために意図的に松脂を加えたという説もあります。
いずれにしても、レッチーナは古代から長い間、ギリシャ人に親しまれてきたワインです。

このレッチーナに使用されてきた代表的なブドウ品種が「サヴァティアノ」です。
現在でもギリシャで最も栽培量の多い品種であり、アティキを象徴するブドウでもあります。

しかし長年、サヴァティアノはレッチーナ用のブドウとして認識されてきました。
レッチーナ自体が庶民的で安価なワインとして広く知られていたため、 サヴァティアノという名前だけで敬遠されることも少なくありませんでした。

パパヤナコスワイナリーは1919年創業の歴史あるワイナリーで、かつてはレッチーナのみを生産していました。
現在その跡を継ぐヴァシリスさんは、この状況に疑問を持っていました。
彼にとって、サヴァティアノは本来、非常に高いポテンシャルを持つブドウ品種だったのです。
ワイナリーが位置するアティキ・マルコプロは、ギリシャの中でも特に暑く乾燥した地域です。 しかし、海と山から常に風が吹き込むため、畑に立つとその過酷さを強く感じることはありません。 古くからこの地に根付いてきたサヴァティアノは、まさにこの環境に適応した品種でした。 ヴァシリスさんにとって、それはアティキのテロワールを最もよく表現できるブドウだったのです。 彼はこの品種の可能性を信じ、ワイナリーに大きな変革をもたらしました。

設備をすべて最新のものへと入れ替え、適切な環境でサヴァティアノ100%のスティルワインの生産を開始したのです。
完成したワインには、当然のように「Savatiano」とラベルに記載されていました。
しかし市場の反応は、彼の期待とは異なるものでした。
ワインを試飲したバイヤーたちは口を揃えて「素晴らしいワインだ」と評価しました。 それにもかかわらず、「Savatianoという名前は外すべきだ」と言うのです。
別の名前をつければベストセラーになる、と。
もし売ることだけを考えれば、それは簡単な選択だったかもしれません。 しかし彼の信念は、「サヴァティアノとして評価されること」にありました。 彼はその提案を受け入れず、輸出に力を入れる道を選びます。

当時、海外ではサヴァティアノという品種を知る人はほとんどいませんでした。 だからこそ、人々は先入観なく、純粋にワインの味で評価をしてくれました。
そして長い年月をかけて、彼のワインは海外で評価を獲得し、その評価がやがてギリシャ国内にも届くようになります。 こうして彼は、サヴァティアノという品種のポテンシャルを、ギリシャの人々に改めて示すことに成功したのです。 マイナスの評価からスタートし、それをプラスへと転換したその過程は、まさに称賛に値するものだと感じました。

畑には、樹齢100年を超えるサヴァティアノの古木が残されていました。 長い時間をこの土地で生き続けてきたブドウの木と、それを信じ続けた人の存在。 その両方があってこそ、このワインが生まれているのだと感じました。