Essay エッセイ
さくらとこころ
第2章|鎌倉への小旅行 ― 忘れ物が教えてくれた日本人の心
私は東京に長く滞在するつもりはなかった。 できるだけ早く、近郊の名所を見てから次の町へ進もうと思っていた。 東京(最大の都市)と横浜(最大の港)は、実質的に一体となっており、中心から中心まで電車で45分ほど。 そのさらに向こう、海辺に位置する鎌倉は、古い寺社が数多く残る観光地であり、 日本最古・最大級の青銅の大仏が鎮座する美しい街として知られていた。 海水浴場もあり、東京の人々にとっては夏の人気の行楽地でもある。
その鎌倉へ、私は日帰り旅行を計画した。 カメラとフィルムをたっぷり詰めた小さな旅行バッグを持ち、身軽な気分で出かけた。 目的地までの行き方を調べるだけでも一苦労だった。 当時の日本では、まだほとんどの人が外国語を話さず、標識もローマ字表記がない。 つまり、たとえ“駅”に行くという簡単なことですら、慎重な準備が必要だったのだ。
幸運にも、一人の日本人女性が親切に教えてくれた。 胸の大きな、そしてとてもチャーミングな笑顔の女性で、 彼女は「Shinjuku eki」と紙に書いてくれた。 “新宿駅”という言葉を繰り返し唱えながら、私は出発した。
東京最大の交通拠点である新宿駅――まるで小さな都市のような場所。 四層に重なるプラットフォームから、何十本もの列車が放射状に走り出す。 一日に何十万という人々が行き交うその中で、 自分の乗るべき電車を探すのは、まるで迷宮をさまようようだった。 私は3〜4本の電車を逃し、ようやく正しいホームを見つけたときには、 汗びっしょりになっていた。
だが、ようやく落ち着いて座席に腰を下ろしたとき、 私は大事なバッグ――カメラや貴重品を入れたそれを、 ベンチの足元に置いたまま忘れてきたことに気づいた。 気づいたのは、もう鎌倉に着いてからだった。
その日は写真も撮れなかったが、鎌倉の街はそれでも十分に美しかった。 古い木々の間に立つ寺、潮の香り、静かな町並み。 旅の終わりには、失ったものへの後悔よりも、 この土地の静けさへの感謝が勝っていた。
帰りの電車の中で、私はふと考えた。 「もしかして、落とし物として届けられているだろうか?」 だが、当時は英語を話す人もおらず、 遺失物係を探す方法すら見当がつかない。 半ば諦めながら、私は東京へ戻る列車に乗った。
夜遅く、東京駅のホームに降り立つと、 あたりはすでに人影もまばらだった。 そして――私は目を疑った。 そこに、まさに朝に座っていたあの場所に、 私のバッグがそのまま置かれていたのだ。
誰も触らず、誰も盗まず、 まるで私が戻ってくることを知っていたかのように。
その瞬間、私は胸の奥で何かが温かく灯るのを感じた。 「この国の人々は、本当に正直で、信頼できる。」 それは単なる“治安の良さ”などではなく、 もっと深い、人としての誠実さだった。
有限会社ノスティミア
A. Fragkis
















さくらとこころ
第1章|旅立ちと東京の印象