Essay エッセイ
さくらとこころ
第4章|少女たちとの出会い ― 映画館へ導かれて
梅雨が始まると、日本はまるで蒸気の中に沈んだようになった。
一日中しとしとと雨が降り続き、湿度は100パーセント。
この時期、観光らしいことはほとんどできない。
外は灰色の空、ホテルの部屋には孤独が漂う。
そんなある日、私はふと思い立った。
「映画でも観に行こう」と。
言うは易く、行うは難し。
まず映画館を探さなければならない。
当時はスマートフォンも地図アプリもない。
英語の案内板もほとんどなく、
看板の漢字は、まるで芸術作品のように私を見返していた。
「ホテルを出ると、ちょうど学校帰りの少女たちが通りかかった。
年の頃は12〜13歳。
紺のセーラー服に白い襟、手には鮮やかな黄色の傘。
まるで小鳥たちの群れのように、楽しげに笑いながら歩いていた。
私を見るなり、全員がぴたりと立ち止まり、
一斉にこちらを見つめた。
当時の日本では、青い目の外国人など滅多に見かけなかったのだろう。
その視線に囲まれ、私は思わず笑みをこぼした。
「ムービー? シネマ?」と試しに尋ねてみた。
少女たちは顔を見合わせ、
「おぉ〜〜〜! ムービー、です、ねぇぇ!」と歓声を上げた。
そして、まるで合図でもあったかのように、私を囲んで歩き始めた。
私は“発見された珍しい生き物”のように扱われながら、
彼女たちの明るい声に導かれていった。
途中、彼女たちは次々に自己紹介をした。
「こんにちは、わたしはノリコです。よろしくおねがいします!」
この一言が、私が生涯忘れない日本語の第一文となった。
映画館は思っていたより遠かった。 しかし、彼女たちの無邪気な笑い声に包まれながら歩くその時間は、 雨の憂鬱をすっかり忘れさせてくれた。
映画館に着くと、少女たちはチケット売り場の人と話し、 上映中の作品を調べてくれた。 「英語の映画があります!」と誇らしげに伝え、 チケットを買うのを手伝ってくれた。 上映されていたのは『ベン・ハー』―― 私にとって三度目の鑑賞だったが、 日本語の字幕付きで観るのは初めてだった。
彼女たちは満足そうに笑いながら、 「さようなら!」と手を振って去っていった。 私は映画館の暗闇の中に座り、 彼女たちの小さな足音が消えていくのを耳の奥で感じながら、 心の中で静かに微笑んだ。
スクリーンの光が、古代ローマの戦車を映し出す。 だが、私の心の中には―― 雨に濡れた黄色い傘と、 「こんにちは、よろしくおねがいします」と言った少女たちの笑顔が、 いつまでも焼き付いていた。
有限会社ノスティミア
A. Fragkis
















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